又吉 勇斗 又吉 勇斗
INTERVIEW
インタビュー

又吉 勇斗

Yuto Matayoshi

いろんな選択肢があることを知ってほしい、
一人ひとりが納得できる道を一緒に見つけたい

PROFILE

出身
沖縄県沖縄市
出身校
コザ高校→山梨学院大学
資格
国家資格キャリアコンサルタント
趣味
スポーツ観戦・読書
特技
ラグビー
居住歴
沖縄市→山梨→オーストラリア→東京→神奈川→与那原町
思い出の場所 (沖縄)
沖縄東中学校

沖縄市で生まれ育つ。人前に出て皆を笑わせるのが好きで、声も大きく、活発なキャラクターだった学生時代。

高校では本格的にラグビー部に所属。フォワードのポジションで「チームのために体を張る縁の下の力持ち」として活動し、2年生と3年生の時に2度の全国大会出場を果たす。当時は「沖縄ラグビーは弱い」というイメージ。それを覆したいという想いで取り組み、スポーツメディアや新聞から「沖縄史上最強」という評価をいただいた。

結果は1勝のみでしたが、「弱い沖縄」のイメージを変えることができたと感じている。ラグビー推薦で複数の大学からオファーを受け、山梨学院大学に進学を決める。

山梨学院大学に進学後は怪我などもあり、ラグビーから離れることも考えたがコーチに転身。コーチとしてチームを支えることに奮闘。

ラグビー推薦で山梨学院大学へ
怪我で選手引退、
コーチとして新たな道を歩む
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ラグビー推薦で山梨学院大学へ
怪我で選手引退、
コーチとして新たな道を歩む

高校でのラグビー実績が認められ、複数の大学からオファーをいただく中、金銭的な条件や設備、指導体制が最も整っていた山梨学院大学への進学を決断しました。学費免除という特待生として期待を背負い入学しましたが、1年生のゴールデンウィーク頃に大きな怪我を負い、長期間ラグビーができない状態になってしまいました。

2年生の頃に復帰したものの、求められるパフォーマンスに追いつくことができず、ドクターストップもあって3年生の頭で選手を断念することに。一時は大学も辞めようと考え、恩師に相談するため沖縄に帰ろうとしましたが、最終的に「やめるんじゃなくて、違う形でラグビー部に関わっていこう」と決意し、コーチとして卒業まで活動を続けました。

当初は推薦で入学したのに結果を出せない肩身の狭さを感じていましたが、フィジカルトレーニングの指導を通じて後輩たちから「ありがとう」「筋力がこれだけ伸びました」「タイムがこれだけ上がりました」と感謝していただき、チームへの貢献を実感できるように。それまでは実家から海外のラグビーの試合を録画したDVDを送ってもらっていたのに、「もう見たくない」と送り返してしまうほど辛い時期もありましたが、「チームのために何か貢献できている」という手応えが、前向きに取り組む原動力となりました。

オーストラリアで視野を広げ、
沖縄へUターン
ベンチャー企業で5ヶ月300店舗開拓の挑戦
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オーストラリアで視野を広げ、
沖縄へUターン
ベンチャー企業で5ヶ月300店舗開拓の挑戦

大学卒業後は就職活動をせず、「いろんな選択肢があることを知りたい」という想いからオーストラリアへ約11ヶ月間の留学に向かいました。最初の3〜4ヶ月は語学学校で英語を学び、残りの期間はアルバイトをしながら多民族国家での生活を体験。ビーチの目の前に住み、毎日バイトから帰ってきて海を眺め、夜は友達と飲みに行くという充実した日々を過ごしました。その中で、「自分が持っている常識は日本の常識でしかない。いろんな考え方があっていい」という価値観を身につけることができました。

帰国後、以前、偶然知る機会があったベンチャー企業の社長を思い出し、連絡を取って面談を実現しました。同期よりも社会人スタートが遅れた焦りから「身の丈以上の仕事を任せてもらえて成長速度を上げられる」と考え、ベンチャー企業への入社を決断しました。

入社直後、新サービスのローンチまで5ヶ月という状況で、福利厚生サービスのアプリ開発プロジェクトに従事することに。街中の飲食店やガソリンスタンド、ボーリング場などで割引が使える仕組みの加盟店300店舗を集めるミッションを任されました。

毎日テレアポや飛び込みなどの「地上戦」だけでは300店舗に間に合わないと気づき、チラシ作成・郵送による「空中戦」も展開。体育会系の粘り強さを活かし、あらゆる手法を駆使して見事に目標を達成することができました。

リクルートで体系的なビジネススキルを習得
CA・RA業務で人の可能性を信じる力を育む

多様な選択肢の大切さを実感し、
沖縄の可能性を信じて挑戦を続ける

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リクルートで体系的なビジネススキルを習得
CA・RA業務で人の可能性を信じる力を育む

ベンチャーでの成長を実感する一方、より成長できる環境へと考え、株式会社リクルートへの転職を決断。4年間在籍し、CA(キャリアアドバイザー)とRA(リクルーティングアドバイザー)を2年ずつ経験しました。

CA時代には、大学中退で派遣社員、年収250万円という経歴の26歳男性の方を担当させていただきました。お付き合いしていた彼女のご両親が「その年収で結婚は心配だ」と言われているため、正社員に転職して年収を上げて安心してもらい、結婚したいという動機をお持ちでした。表面的な経歴は確かに厳しいものでしたが、その方は誠実で真面目な人柄で、派遣先の会社からも正社員にならないかという話をかけられるほど仕事ぶりが評価されていました。そうしたエピソードを丁寧にヒアリングし、人柄や実績を企業にしっかりと伝え切ることで年収400万円のオファーを受け、転職を実現。「この人を応援したい」という純粋な気持ちが原動力となりました。

RA時代には、3年間採用が決まらなかったスタートアップ企業を担当。他のRAは優先順位を下げてあまり対応していませんでしたが、「決まるか決まらないかで判断しない」というポリシーのもと、企業の本当のニーズを引き出し、「こういう人を採用したいと言っているけど、本当にそうなんですか?」「今の組織状況を踏まえると、こういう人の方が適切では?」と要件定義の見直しから丁寧に取り組みました。

その結果、2名の採用を実現。退職の挨拶の際には、「うちに来てくださいよ」と言っていただけるほどの関係性を築くことができました。相手の可能性を信じ、諦めずに向き合うことの大切さを学びました。

沖縄の課題解決への想いを胸に帰郷
レキサンで理想の働き方と地域貢献を実現
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沖縄の課題解決への想いを胸に帰郷
レキサンで理想の働き方と地域貢献を実現

リクルート入社時から「いずれは沖縄に帰りたい」と上司に話していました。子どもが生まれたタイミングで、「家族の協力が得られやすく、仕事にも集中できる」「子どもにとっての制約が少なく、自由にのびのびと育ててあげられる」という理由で沖縄への帰郷を決意しました。

小学生時代から感じていた沖縄の課題への想いも、帰郷の大きな動機でした。「小学校3年生の友達でお弁当を持ってこられない子がいる」「部活に入りたくても金銭的理由でできない子がいる」といった現実を目の当たりにしてきた経験から、「沖縄の賃金問題を解決したい」という強い想いを抱いていました。リクルートでの経験を通じて、労働市場から給与向上にアプローチできる可能性を実感し、その想いはより具体的なものになっていました。

レキサンの会社資料に「沖縄の給与を上げる」という文言があり、「思いが一緒だ」と確信。島村代表との面談では、360度コンサルティングを提供しているという点や、「暮らしたいところで思いきり働く」という理念に深く共感しました。

代表の島村と話すなかで、「この人と一緒に仕事をしたい」と強く感じて入社を決断しました。

多様な選択肢を知ってもらい、
一人ひとりが納得できる道を
一緒に見つけたい
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多様な選択肢を知ってもらい、
一人ひとりが納得できる道を
一緒に見つけたい

コンサルタントとして大切にしているのは、「いろんな選択肢があることを知ってもらう」ことです。偏差値的な物差しや世間の常識にとらわれず、その人が一番納得できる選択肢を一緒に見つけることを心がけています。オーストラリアで学んだ「いろんな考え方があっていい」という価値観が、この仕事にも活かされています。

転職希望者の皆さんには、「焦ってこうしなきゃ」とあまり思わずに向き合ってほしいと思っています。世間では有名でない会社でも、その人にとって最高の職場かもしれません。世の中にはたくさんの仕事があり、それぞれに価値があります。偏差値的な物差しで「この会社に行かなきゃダメだ」と周りから言われることもあるかもしれませんが、もっと多様な選択肢があることを知ってほしいと思います。

リクルート時代の経験から学んだのは、表面的な条件や経歴だけでなく、その人の本質的な魅力や想いをしっかりと理解し、企業に伝え切ることの重要性です。「この人を応援したい」という気持ちを大切に、相手の可能性を信じて向き合っています。

現在は沖縄の賃金向上という長期的な目標に向けて、一つ一つの転職支援を通じて貢献していきたいと考えています。転職だけでなく、起業を考えている方も、どんどんご相談ください。あなたにとって最も納得できる選択肢を、一緒に見つけていきましょう。

これからの沖縄・自身の目標

「子どもたちがちゃんと選択肢を持てる沖縄にしたい」―これが私の大きな目標です。経済的理由で制約を受ける子どもがいない状態を目指し、親世代がしっかりと子どもたちの環境を整えてあげられるだけの収入を得られる沖縄を実現したいと思います。

5年、10年というスパンで、一人ひとりの転職支援を通じて沖縄全体の労働市場を底上げし、誰もが自分らしい働き方を選択できる社会の実現に貢献していく。この想いは一貫して「選択肢」というキーワードに込められています。自分自身が多様な選択肢があることの大切さを学んできたからこそ、転職希望者の皆さんにもその価値をお伝えしていきたいと考えています。