陸上イカ養殖で地域と共創|OIST発スタートアップ「Kwahuu Ocean(カフーオーシャン)」内覧会レポート
こんにちは。
株式会社レキサン リージョナルキャリア沖縄 代表の島村です。
先日、OIST発スタートアップ「Kwahuu Ocean(カフーオーシャン)」が手がけるイカの陸上養殖施設の内覧会に弊社社員の城間と参加しました。
今回は、沖縄の漁業や食文化に新たな可能性をもたらすイノベーションの現場をお伝えします。
目次
世界初の取り組み・イカの陸上養殖
水槽内を泳ぐアオリイカ(沖縄の方言で「シルイチャー」) ※photoACより
1.内覧会に沸く熱気と多様な参加者たち
内覧会の会場は、沖縄県うるま市与那城の漁港内にある鮮やかなピンク色の建物━━陸上イカ養殖施設。
6月中旬、ここKwahuu Ocean (以下、カフーオーシャン)には建設業者、水質調査の専門家、地元漁業関係者、大学研究者、投資家など実に多様な参加者が集まりました。
カフーオーシャンは、沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)から生まれたスタートアップです。
かつて飼育が困難とされたイカの閉鎖環境での飼育に世界で初めて成功しました。
2010 年: 代表者の中島氏が琉球大学でイカ研究を開始
2017 年: OISTにラボ移転、アオリイカの累代飼育10世代を達成
2024 年: スタートアップ「カフーオーシャン」として独立
陸上イカ養殖を事業化※累代飼育=親→子→孫…と世代を継いで連続的に飼育すること
沖縄発・OIST発のスタートアップの快挙を一目見ようと駆け付けた参加者たちの熱気に、会場は文字通り熱く盛り上がっていました。
施設内では、スタッフの方の案内で屋内の水槽エリアを見学することに。皆さん興味津々で水槽を覗き込む中、私たちもじっくり見学させていただきました。
海水をポンプでくみ上げて循環させる飼育システムが稼働中で、そこでは生後間もないイカが泳いでいました。
2.創業者・中島隆太さんの想いとビジョン
(画像左からレキサン社員・城間、カフーオーシャン創業者・中島社長、レキサン島村。屋内イカ養殖施設前にて撮影。この中にイカ陸上養殖の水槽がところ狭しと並んでいる)
メインプログラムの時間になり、創業者のCEO・中島隆太博士がご登壇されました。
(中島さん)──平日のお忙しい中、多くの方にお集まりいただき誠にありがとうございます。実はこの内覧会、施設のお披露目以上にお世話になった皆さんへの感謝を伝える場にしたいと思ったんです。
この長年の挑戦を支えてくれた数え切れない方々のお陰で、今日この日を迎えることができました。
中島さん(※)は、2010年に琉球大学でイカの研究を始め、その後もOISTで研究を続けてこられました。
※とてもフレンドリーな教授で、先生と呼ばれるのはあまりお好きじゃないようなので、「中島さん」と呼ばせて頂きます!
スタートアップ立ち上げには研究者仲間や地元漁協、ベンチャー支援者など多方面からの協力を得て実現されたようで、「紹介したい人が多すぎて…」と、関係者一人ひとりへの感謝を丁寧に言葉にする姿が、とても印象的でした。
ここで、中島さんの異色の経歴について少しご紹介させてください。
彼は元々アートが専門領域で、現在も米国ミネソタ大学で美術教授を務められているユニークな経歴の持ち主です。起業のためにサバティカル休暇中とのこと。
芸術家としてイカ・タコの不思議な行動に魅せられて生物学研究に飛び込んだという、異例のバックグラウンドは彼のプレゼンにも表れています。
例えば、この施設をあえて明るいピンク色に彩ったのには次のような想いからだそうです。
『漁業ってどうしても暗いイメージがあって、漁港にも普通はなかなか人が寄り付かない。でも一次産業である食は本来とても大切なもの。もっと人が集まって楽しい時間を過ごせる場にしたい』
インスタ映えを狙った遊び心も込め、「全く戦争をしない色=ピンクしかないだろうと考えたんです」とユーモアを交えて語る中島さんの言葉に、会場は笑いと拍手に包まれました。
このピンクの建物には、従来の漁業のイメージを覆し、誰もが気軽に足を運べる“ひらかれた場”をつくりたいという想いが詰まっています。
地域とつながる水産業のあり方を、ここから再定義しようとしているように感じられました。
3.沖縄イノベーション・エコシステムの構想
(陸上養殖がある宮城島の漁港に勝連半島から向かう海中道路より撮影)
今回の内覧会で改めて実感したのは、中島さんの根底には沖縄への深い愛着、そして強い課題意識があるということです。
中島さんは常々、「大量生産・大量消費のモデルは沖縄には合わない。分散型で資源をシェアしながら、皆が少しずつ豊かになる道を探りたい」と語られます。
中央集権的なルールより、人と人の“ゆいまーる”の方が機能する──その想いを基に、イカ養殖も巨大プラント一極集中ではなく、小規模ユニットを各地に散りばめるネットワーク型モデルを模索されています。
(中島さん)──沖縄は今、転換期にある。外に出た優秀な若者が“島を変えたい”と帰って来ている。この20年で新しい方向性を描きたいんです。イカ養殖はそのための「手段」にすぎません。最終目的は“沖縄型ソーシャルリフォームです”。
だからこそ、カフーオーシャンの養殖施設はただの生産拠点ではなく、沖縄の人が集い、挑戦する場として設計されている。
ここから連鎖が生まれ、多様なサイズ・形の挑戦者が共存する――そんな未来図こそ、中島さんが描く“分散型でしなやかな沖縄イノベーション・エコシステム”なのです。
イカ養殖に挑む最先端の技術
(タンクに描かれたタコは、カフーオーシャンの中島代表作のロゴマーク!)
続いて、カフーオーシャンが誇る最先端の養殖技術についてご紹介いただきました。
一般的にイカ類の飼育・養殖は極めて難しいとされています。
イカやタコは環境変化に敏感で、水質や温度が少しでも適切でないとすぐに弱ってしまいます。また、餌となる生きたエビの確保やタイミングのシビアな給餌管理、狭い水槽環境で起こりがちな共食い問題、壁にぶつかって怪我をする繊細さなど、養殖で克服すべき課題は山積みでした。
カフーオーシャンでは、この難題に対し独自開発の循環式飼育システムで挑んでいます。
スタートアップの共同創業者である高宮城さん(北谷町出身、沖縄高専→ハワイ大学、OISTで研究)によれば、このシステムにより、海から離れた場所でも海洋生物の飼育が可能な閉鎖循環型の環境を実現しました。現在は実験的にほぼ完全閉鎖で水を回しており、問題なくイカを育てられているそうです。
「仮にこの循環システムが確立できれば、極端な話、新宿のど真ん中でもイカを養殖できるわけですからね」との言葉に、参加者達も驚きの声を上げていました。
安定したイカ養殖への取り組み
(OISTの研究施設と敷地の先に広がる海。同建物内から撮影)
内覧会では、イカの餌やりデモンストレーションも行われました。
生まれたてのイカの赤ちゃん(幼生)に人工飼料や生きたエビを食べさせる訓練は、イカ養殖で最も重要かつ難しい工程です。
OISTでイカ研究・飼育をされているスタッフの外国人研究者ズダニックさんが水槽内で小さなエビ=エサを放ち、ほんの数センチの可愛らしいイカがそれを捕食すると「おお…!」「ちゃんと食べてる!」と歓声が上がりました。
孵化直後のイカは餌付けが難しく、食べないまま餓死してしまう個体も多いのだとか。そこで日齢に合わせた最適な餌サイズ・種類の研究や、餌に慣れさせる訓練手法を確立し、生存率を飛躍的に向上させたそうです。
同社はアオリイカの閉鎖環境下での累代飼育(世代継続繁殖)に世界で初めて成功しています。2016年から取り組んだ実験では2022年までに10世代連続の飼育記録を打ち立てました。
これは従来の記録を大きく更新する快挙で、イカ養殖の不可能神話を覆した画期的成果として国内外から注目を集めました。
まずは美味しいイカを安定して量産できるかどうか━━今後、餌料の自社開発や病気予防技術の研究に力を入れる計画の中島さん。
将来的には、他のイカ類やタコへの応用、さらに生産から加工・流通までを一体化した「6次産業化」も視野に入れており、また小型分散型の養殖ユニットを各地に展開し、それぞれが必要最低限の量を生産するネットワークモデルも構築中だとか。
IoTやARを活用した遠隔管理の仕組みも導入し、ノウハウの蓄積と技術の精度向上にも取り組んでおり、まさにテクノロジーと創意工夫の粋を結集して「未知への挑戦」を続けているのがカフーオーシャンなのです。構築中で、環境負荷を抑えながら、地域のニーズに応じた持続可能な水産業を目指しています
イカ養殖がもたらす地域・社会的インパクト
1.激減する漁獲量への対策
『このようなイカ養殖の実現は、沖縄の地域社会や水産業界にとってどのような意味を持つのか?』内覧会ではこんな声も多く聞かれました。
実は、沖縄県ではアオリイカ(シルイチャー)の漁獲量が全盛期と比べて98%も激減する壊滅的状況が続いています。
そんな中で成し遂げられた世界初のイカ陸上養殖の成功は、地域の漁業関係者にとって一筋の光と言えます。
中島さん自身、「研究成果が社会にとって非常に大きな意義を持つことを実感した」とのことで、単なる研究室の快挙に留まらず地元産業への貢献となることに強い手応えを感じたようです。
2.食文化への波及効果も
また、食文化への波及効果も期待されています。沖縄の郷土料理にはイカスミ汁がありますが、近年は肝心のイカ自体が手に入りにくくなり「本物のイカスミ汁を味わう機会が減っている」と言われます。
カフーオーシャンの挑戦は、そうした伝統の食文化を未来に繋ぐ役割も果たし得ます。
(中島さん)━━養殖イカの生産によって沖縄の限りある自然を大切にし、その海の恵みに感謝しつつ、沖縄の伝統料理をいつまでも楽しめるようにしたいんです。
中島さんは、資源保全と食文化継承の両立にこの事業の意義を見出しています。
持続可能な方法で安定してイカが供給されれば、地元の食堂や家庭でも安心してイカ料理を提供・堪能できるようになり、観光客にも振る舞えるでしょう。
こうした波及効果は、水産業のみならず地域の観光・飲食産業にも明るい展望をもたらすはずです。
3.働きたいと思える会社づくり
現沖縄大学准教授で、20年前に沖縄に移住されたCOOの樋口さんは、別の視点からこの取り組みの社会的インパクトを語られました。
(樋口さん)━━最近の学生は就職活動をしたがらない。親や周囲は大手企業に行けと言うけれど、本人たちは『自分の心が躍る会社がない』と感じているようだ。
現状の選択肢に違和感を覚え、何をしていいか分からずフラフラしている若者も多いが、「もし自分たちが本当に情熱を注げる『これだ!』というものが目の前に現れたら、一番に反応するのは彼ら若者だろう。
「こんな会社があったなら働きたかった、なんで今まで世の中になかったんだ」。そう学生たちが思うようなイノベーティブな企業が沖縄から生まれることに大きな意味がある。
カフーオーシャンのようなスタートアップこそ、まさに彼らの心を捉える存在になり得る━━その言葉を裏付けるように、実際に内覧会でも若い参加者が創業者へ熱心に質問する姿が見られ、最先端の研究開発型スタートアップが地元の次世代に与える刺激の大きさを感じました。
カフーオーシャンの挑戦は、新たな産業や雇用の創出だけでなく、地域の若者に夢を抱かせる象徴的な出来事でもあるのです。
スタートアップ共創に向けて – レキサンからのメッセージ
(画像左から、城間・中島代表・島村)
今回の内覧会を通じて、スタートアップが地域にもたらす可能性とその熱量を改めて実感しました。
フーオーシャンの偉業は、単なる一企業の成功に留まらず、沖縄全体のイノベーションの象徴と言えます。
スタートアップの成長には、技術や資金だけでなく人と人とのつながり、すなわち共創の場づくりが不可欠です。幸いOISTをはじめとする研究機関や投資家、企業、そして志ある人材が沖縄には集いつつあります。
今回の内覧会での参加者同士の交流の数々は、まさに共創エコシステムの芽が育っていることを物語っています。
私たちレキサンは、このような挑戦者たちを全力で応援し、微力ながらサポートをさせていただくと共に、一緒に未来を創っていきたいと考えています。
人材面での支援や県内企業との橋渡し、コミュニティづくりなどを通じて、カフーオーシャンのようなスタートアップが地域で根付き羽ばたけるよう、日々、模索し取り組んでいきたいと強く思いました。
最後に、レキサンを代表してメッセージを送らせてください。
皆さんの情熱と努力が実を結び、新たな産業の扉が開こうと奮戦する姿勢に心から敬意を表します。皆さんの沖縄の未来を切り拓く姿勢にひしひしと刺激を受けました!
スタートアップの力で沖縄に新しい果報(カフー)をもたらすべく、レキサンも全力で沖縄の未来にコミットします。
挑戦し、成長し、そして共に沖縄を盛り上げていきましょう。共創によって生まれるイノベーションの光が、沖縄の海と未来を明るく照らすことを信じて、私たちレキサンはこれからもスタートアップと地域の架け橋となるべく奔走しようと誓いました。カフーオーシャンの更なる飛躍と、沖縄発イノベーションの波が世界へ広がっていくことを期待しつつ、本レポートを締めくくらせていただきます。ありがとうございました。